(C)2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS
細田守監督の『バケモノの子』に登場する一郎彦の話です。
ラスト後の一郎彦がどうなったかについて気になる人が多いと思うので、調べてみました。
ゲス顔で悪役みたいなことをするけど、実は苦悩して悩めるキャラが私は好きです。
以下、ネタバレを含みます。
一郎彦の闇(コンプレックス)
渋天街の中でも一流の強さ、品格を持つ猪王山の長男として育てられた一郎彦。
父親譲りの強さや品格を持っていて、少年の頃から優等生な印象です。
弟の二郎丸が仲間と一緒に九太をイジメていた時はすぐに止めに入り、弱き者を助ける強さ、優しさを見せていました。
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そして一郎彦といえば、何といっても美形。
線の細い中性的な顔立ちをしています。
(帽子を被っていない時の姿は、女性にも見える)
その顔立ちから、やっぱりモテるみたいで、子どもの頃は取り巻きのような女の子たちもいました。
そういえば、青年期になってからは周りにいませんでしたね。
何でだろう…?雰囲気が陰気になったから?
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「いつか父上のような長い鼻と大きな牙の、立派な剣士になるんだ」と、目を輝かせていた少年時代。
それから月日が流れて、成長した一郎彦。
いつまで経っても父・猪王山のような牙は生えてこない。
それもそのはず。
一郎彦は九太と同じ、人間だったから。
昔、猪王山が人間の街で捨てられた赤ん坊(一郎彦)を見つけ、バケモノの世界でバケモノの子として隠して育てると決めたためでした。
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家族の中で自分だけ容姿が違う。
成長した一郎彦は、そのコンプレックスを人目に晒さないように、被っていた帽子のマフラー部分で顔の下半分を隠すようになります。
闇堕ちしてゲス顔で高笑い(でも帽子はかわいい)
なぜ、自分だけ家族の中で容姿が違うのか。
自分はいったい何者なのか。
悩み苦しみ、自分自身が信じられず、徐々に自身の闇を深くしていく一郎彦。
青年期になってからは、以前のような優しい自信に満ち溢れていた雰囲気ではなくなり、どこか影のある冷たい雰囲気になっていきます。
九太や熊徹に対しても『人間(半端者)のくせに』と蔑むように。
そして、新しい宗師を決める儀式の熊徹VS猪王山の戦いの終わりで、ついに一郎彦は完全に闇に呑み込まれてしまいます。
この辺りの行動や台詞は、完璧に悪役になってます一郎彦。
高笑いをしながら、「父上!私の念動力と父上の剣で勝負をつけました。あなたの勝ちです!あんな半端者に父上が負けるわけがありませんからね!」とか。
「あははは!見たか九太!ざまあねぇ」とか。
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ヤバい、もうどっからどう見ても悪役の台詞と顔だ。
闇堕ちです、あと父ちゃん(猪王山)大好き過ぎだろう一郎彦。
昔イジメられていた九太を助けた同一人物とは思えない。
そして、一郎彦を演じるのは人気声優・宮野真守さん。
さすがです。
この高笑いもゲスい台詞も安定の宮野真守さん。
やっぱりこういうキャラが似合いますね。
こんなに色々ゲスい行動をしている時も、一郎彦が被っているのはあの猪帽子です。
猪帽子かわいいですよね(豚にも見えるけど、牙があるから猪)
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それにしても、被っている帽子も含めて一郎彦はもろにコンプレックスの塊ですね。
家族の中で自分だけ容姿が違う。
そのことを周囲に悟られないよう必死で隠し、自分が何者なのか苦悩して、自分と同じ人間でありながら堂々としている九太へ憎しみを募らせるようになっていき…。
「半端者らしく分をわきまえろ!」
「九太…あの野郎、人間のくせに…」
九太への憎しみは、自分自身への自虐の言葉でもありますね。
めっちゃブーメラン。
始めから人間だと周囲が知っていた九太に対し、一郎彦は『あの猪王山の息子』というレッテル、プレッシャーがあったため、まさか自分の正体が人間であるはずがないと、余計に一郎彦を苦しめる結果になったんじゃないかと思います。
やり直す父と息子
さて、闇に呑み込まれて闘技場で熊徹を刺し、渋谷の街でも鯨の姿で大暴れした一郎彦。
九太によって闇を取り除かれ、気を失った一郎彦はその後、宗師の庵の特別にしつらえた寝室で目を覚まします。
ベッドの足元には一晩中、一郎彦に寄り添いそのまま眠ってしまった猪王山、二郎丸、母の姿が。
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闘技場に行ったあとの記憶がない一郎彦は、ふと自分の手首に結ばれた赤い紐に気付きます。
それは、九太がかつて楓に結んでもらった『自分を律するためのお守り』、それを今度は九太が一郎彦に『もし危ないと思ったり、追い詰められてしまったら、これを見て思い出してほしい』という願いを込めて渡したということでした。
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映画だと、ここで一郎彦の登場シーンが終わります。
その後、一郎彦はどうなったのか。
何かしらの罰が与えられたのか。
それとも、人間の世界に追放されてしまうのか。
実は、細田監督が書かれた『バケモノの子』小説版に、一郎彦と猪王山のその後が書かれていました。
数行程度の短い内容でしたが、一郎彦がその後どうなったか気になっていたモヤモヤがすっきりと解消されました。
要約すると、こんな内容でした。
闇を宿らせる人間は本来ならバケモノの世界に入れてはならないため、それに照らせば一郎彦は人間の世界に帰すべきだった。
しかし、同じく人間である九太は闇を克服し、一郎彦の闇とも戦い、今では渋天街に受け入れられる存在となった。
バケモノの世界が人間を拒絶する理由が成り立たなくなる。
宗師と元老院とが話し合った結果、一郎彦は猪王山の息子としてやり直すことになった。
猪王山は今後、一郎彦をしっかりとした大人に育て上げることで、これまでバケモノの子として偽って育てた責任を果たすことになったそう。
涙を流して、猪王山は再出発を誓った。
一郎彦はその後、猪王山の息子としてもう一度やり直すことになったということです。
そうか…一郎彦…今度はちゃんと自分が人間だと受け入れた上で、猪王山の息子として堂々と生きていけたらいいね。
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これからはあの猪帽子を被らずに、そのままの姿で生活していくのかな。
たまに、九太に会いに人間の世界にも行くのかなとか、色々と想像が膨らみますね。
まとめ
この映画のタイトル『バケモノの子』とは、九太と熊徹でもあり、一郎彦と猪王山のことでもあるんですね。
バケモノに育てられた人間の子ども、バケモノの子。
父と息子の物語、師弟の関係。
ラスト後の一郎彦は、もう一度猪王山の息子としてやり直すことになった。
きっと今度は偽ることなく、バケモノに育てられた人間の子どもとして、その事実を受け入れて生きていくことになるんでしょう。
それにしても、一郎彦は子どもの頃から父上大好きですね。
熊徹と九太みたいに、ご飯に生卵かけたものを猪王山と一郎彦も競って食べてたら面白いのになぁ…とか思ってしまいました。
二郎丸と一緒に三人で食べてたら面白いのになぁ。
でも、猪王山も一郎彦も真面目にボケてそうで、二郎丸は無邪気に笑ってそうで、ツッコミがいないなってことに気付きました。
小説版には、映画の補足的なものが書かれているので、興味がある方はぜひ読んでみてください。
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