この手のマニアックな話が私は大好物です。
興味が湧くと、色々調べたくなります。
亜人8巻で出てくる「スワンプマン」について。
以下、8巻のネタバレを含みます。
スワンプマン(沼男)
8巻のFILE:36
冒頭の回想、フォージ安全ビルに向かっている車の中での圭と攻の会話。
圭は「断頭には気をつけろ」と攻に注意を促し、それがどういうことを意味するのか説明をする。
説明が一通り終わった最後、攻は結局理解できず「わからない」と言う。
この時、圭が返した言葉が「『スワンプマン』で検索しろ」というもの。
(桜井画門『亜人』8巻88p)
ここで出てきたスワンプマンとは。
言われた通りググってみると、Wikipediaに詳しい内容が載っています。
スワンプマンとは、アメリカの哲学者ドナルド・デイヴィッドソンが考案した“思考実験”だそうです。
思考実験というのは、実際には実験を行わず、頭の中で実験を行うもの。
そのため、現実には不可能な極限状況も、倫理的に問題がある状況も設定出来る。
数学、物理学、哲学などの分野があるそう。
頭のいい人達があれこれ想像を巡らせて考えた、何やら高度な頭脳プレイということらしいです。
頭の中で行うので、あり得ない状況も倫理的にアウトな実験も何でもありです。
究極の選択を迫られるものや、SF映画『マトリックス』と関係するものなど、調べてみると色々あって面白いです。
スワンプマンはこの中で、哲学的な同一性(アイデンティティ)を考える際に使われるそう。
内容はこんな感じです。
ある男がハイキングに出掛ける。
道中、この男は不運にも沼のそばで、突然雷に打たれて死んでしまう。
その時、もうひとつ別の雷が、すぐそばの沼へと落ちた。
なんという偶然か、この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。
この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマン(沼男)と言う。スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の男と全く同一の構造を呈しており、見かけも全く同一である。
もちろん脳の状態も完全なるコピーであることから、記憶も知識も全く同一であるように見える。
(引用元:スワンプマン-Wikipedia)
沼から生まれたスワンプマンは、きっと泥まみれだったでしょう。
臭いは大丈夫だろうか。
ちゃんと服は着ていたのか…など、考えていくときりがないですね。
思考実験の論点はそこじゃない。
果たしてこのスワンプマンは、死んだ男と同じ人物と言えるのか。
それとも、別の人物となるのか。
何を基準に同じ人物と判断するか
この問題には、確実にこれといった正解がないと思います。
そして重要なのが、何を基準に同一人物と判断するのかということです。
身体の構造や記憶は同じなので、スワンプマンは死んだ男と同一人物だという物理主義の考え。
物理的には同一の構造をしているが、それぞれに独立した自我が生まれているため別人だという観念主義の考え。
または、歴史的な流れの中で過去に存在していないスワンプマンは、死んだ男と別人だろうという歴史主義の考え。
(参考元:その沼男は、同一人物か別人か?「スワンプマン」|ザ・オカルトサイト)
何を基準とするかによって、スワンプマンが死んだ男と同一人物かどうか、意見が違ってくるようです。
そして亜人の中では、観念主義の話に基づいて断頭で死ぬことの説明が出てきます。
断頭された場合、亜人は頭も新しく作られる。
この時、離れた頭部はそのまま。
新しい頭部に同じ記憶や心は作られるが、離れた頭部から意識が抜け出し、新しい頭部に移るわけではない。
今、自分は自分だと感じている主観的な意識(自我)までは、新しい頭に作られないということ。
自分と同じ記憶をもつ頭が再生されても、それは今の自分ではない。
(桜井画門『亜人』8巻88p)
そのため、断頭で頭が新しく作られること=今の自分は死ぬということになる。
この亜人の死についての説明を、スワンプマンの思考実験に当てはめていたということですね。
転送機の思考実験
このスワンプマンの思考実験を、FILE:35で実演してくれた佐藤さん。
なかなか衝撃的でした。
手羽先と手首と木材破砕機。
あの転送はスワンプマンというより、まんま転送機が題材となった思考実験が当てはまります。
イギリスの哲学者デレク・パーフィットが考案した転送機の思考実験です。
これも人格の同一性が関係しています。
私は転送機の中に入る。ボタンを押すと、私は意識を失い、そして目を覚ますが、ほんの一瞬のことと感じるだろう。
装置は私の身体に関するすべての細胞情報をスキャンし記録しながら、細胞を破壊していく。
その情報は別の惑星に電波で伝えられる。
別の惑星の装置はこの情報にもとづき、私の身体の完全な複製をつくる。
【中略】
そして、地球にいた私はもういない…
(引用文献:頭の中は最強の実験室: 学問の常識を揺るがした思考実験 p44~45)
このパーフィットの思考実験では、転送機でスキャンされた情報を元に、別の惑星にある装置で私の複製が作られる。
そして、スキャンし分解された地球の私は消えてしまう。
地球でボタンを押す瞬間までの記憶をもっているため、あたかも私は別の惑星に瞬間移動したように見える。
しかし実際は、地球にいた私は転送機に入った後そこで死んでしまい、別の惑星にいる人物は私の複製であり、私と同一ではない。
この思考実験と佐藤が実行した「転送」は同じ設定のようです。
佐藤の場合は、転送機の代わりに木材破砕機ですけどね。
スキャンじゃなくてミンチだけどね。
(桜井画門『亜人』8巻74p)
木材破砕機で身体を細かく砕いた後、フォージ安全ビルにある手首を核に、佐藤の身体が再生。
材木工場にいた佐藤が瞬間移動したように見えるが、実際は同じ身体や記憶をもつ別の佐藤が再生したというわけで…。
木材破砕機に入るまでの佐藤は、あの時点で死んでしまった。
自我(意識)を基準として考えると、今フォージ安全ビルにいる佐藤は、前の佐藤と同一ではないとなります。
ところで、このパーフィットの転送機の思考実験には、まだ続きがあります。
転送機が改良されて、新しいスキャナーは身体を破壊せずに身体の情報をスキャンできるようになった。
したがって、別の惑星と地球にまったく同じ身体と情報をもった人物がいることになる…
同じ身体と記憶をもつ人物が、今度は二人残るという設定。
こうなると、もっとややこしくなります。
どちらが本当の私になるのか?
周りの人間も困るし、本人達も大変でしょう。
もし、どちらか一人を消すとなった場合。
転送直後だったら複製を消すだけで済むが、時間が経過すると、それぞれが別々の人生を歩んでしまう。
どんどん問題が複雑になっていきますね。
ミスター・スポック
結局何が言いたかったのか、私もよくわからなくなってきました。
グダグダと長くなった話をまとめてみると、亜人の死は自己の同一性が関係しています。
同じ身体や記憶をもつ自分が再生されたとしても、それは今の自分ではない。
そして亜人の死(自己の同一性)について考える時に、スワンプマンや転送機の思考実験が参考になりますよという話です。
たぶん、こんな感じ。
佐藤が言った「(死んでも)気にしないよ。私は」という台詞。
恐らく多数の亜人(人間)は、圭が言ったように「自分と全く同じ記憶・心を持った人間がいたとして、その人物が生きてさえいれば自分は死んでも構わない」とは思わない。
しかし佐藤は、自分は死んでも構わないという考え。
今の私という存在をそこまで重視していなくて、再生後も物理的に同じ構造ならば、今の私が死んでも別に構わないということ。
この台詞からは、佐藤が何を基準に「自分は自分だ」と考えているのか分かるような気がします。
元々強い上に亜人であり、更に精神構造も特殊って最強すぎる。
みんな大好き佐藤さんが人気の理由も頷ける。
そういえば、木材破砕機に入る前に佐藤が言ったこの台詞。
何のことなのか気になってしまった。
(桜井画門『亜人』8巻75p)
ミスター・スポックは、アメリカのSFテレビドラマ「スタートレック」に登場するヴァルカン人のエンタープライズ号技術主任兼副長。
Wikipediaやこちらのページにどんな人物か詳しい内容が載っています。
そして調べてみると、この「スタートレック」の中でも転送装置が出てくるようです。
佐藤のあの発言も転送に関係していたらしい。
3巻のハンニバルの時といい、気が利いた面白い言い回しをしますね。
ゲームが好きだったり、ハンニバルに自分を当てはめてみたり、こういった発言も実に佐藤さんらしい。
ところで、ミスター・スポックがどんな人物なのか調べていて思ったんですが、どことなく亜人のキャラに似ているところがある。
ちょっとTSUTAYAに行って「スタートレック」借りてこよう。
亜人の記事をまとめたページはこちら。
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