累-かさね-14巻のネタバレ感想【醜く無様で滑稽でも、これは淵かさねの物語】

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(松浦だるま『累-かさね-』14巻)

 

どうも、くろやんです。

 

そうきたか!
最終巻の表紙は素顔の累。
美しい誰かの顔ではなく、累自身の素顔でラストを飾ったのは見事です。
やっぱり『累-かさね-』は表紙が印象的でいいね。
累-かさね-の単行本表紙を並べてみた

 

 

醜い容姿のため、幼い頃から蔑まれ虐げられてきた淵累。
生きるためには美しさが必要。
母が遺した口紅を使い、美しい顔を奪い、偽りの美しい姿で舞台に立ち続けた。

 

しかし、心が満たされることはなく。
絶望を味わい、真実を知り、その果てに。
累は自らの顔のまま、醜い鬼女を演じたいと望む。

 

以下、14巻のネタバレを含みますので注意してください。

 

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懺悔の手紙

羽生田に『暁の姫』で醜い鬼女の宵を演じたいと話す累。
累の言葉に羽生田も戸惑いを見せます。
醜い累が舞台に立つ、それはもう演劇ではなく見世物だ。
そう言って、羽生田は累が素顔で舞台に出ることを反対します。

 

反対された累は、いざなが劇場のオーナー夫人に預けていた荷物を羽生田に渡すと、その場から立ち去ります。
その荷物の中には、いざなが海道凪に宛てた手紙が入っていました。
手紙に書かれた内容を読み、涙を流す羽生田。

 

後日、羽生田は累を呼び出します。
海道凪とは何者なのか、いざなとの関わりについて、羽生田は話します。

 

 

朱磐で暮らす当時11歳の羽生田は、考古学者として研究に訪れていた海道凪と出会う。
古代の朱顔料として伝わるも、未発見だった日紅を探しているという凪。

 

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(松浦だるま『累-かさね-』14巻)

 

幼い羽生田は凪に、この地の伝承について調べている友人がいると話してしまいます。
友人とはいざなのこと。
そして、互いに顔を合わすことはなく、凪といざなは手紙のやり取りを始めます。

 

やがて、情報交換を重ねるうち、いざなは日紅を探しあてる。
それは手紙の相手への想いゆえ成し得たことでした。
いざなは海道凪を愛していました。

 

しかし、凪が愛していたのは美しい顔をもつ槻浪乃。
いざなと同じ家に生まれ、醜いいざなが存在を消された一方、愛されて育てられた浪乃。

 

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(松浦だるま『累-かさね-』14巻)

 

まさに、伝説の巫女と鬼女のような二人。
鬼女と成らざるを得なかったいざなは、浪乃を殺し美しい顔を奪うと、朱磐を焼き滅ばし、忽然と姿を消します。
死んだ相手の顔は5日ほどしか使えなかったため、新たな顔を探さなければならない。

 

 

その後、淵透世の美しい顔を手に入れたいざなは、海道凪と再会します。
互いに距離を縮めていくが、凪の心の中には未だに亡くなった浪乃の存在がありました。
いつか自分に振り向いてくれる、と待ち続けたいざな。

 

しかし、凪はすべてを知ります。
いざなが美しい透世と顔を交換していたこと、愛する浪乃を殺した張本人だということ、かつて手紙を交わした相手だということ。

 

 

すべてを知った凪が取った行動は、いざなを連れて朱磐へ向かうことでした。
因縁の地で、凪は浪乃の供養のために神楽を舞ってほしいと、いざなに頼みます。
いざなの舞う姿を見て、まるで浪乃のようだと涙する凪。

 

どう足掻いても、凪の中から浪乃の存在は消えず、凪が自分を愛することはない。
それを悟ったいざなは火を放ち、自ら命を絶とうとします。

 

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(松浦だるま『累-かさね-』14巻)

 

しかし、すべてを知った後も、何故かいざなを憎み切れない凪。
自らの死で罪を償おうとするいざなに、凪は「また…君と会えるかな。地獄の底で」と語りかけます。

 

そこに現れたのが羽生田でした。
羽生田と凪がもみ合いになった後、凪は崩れ落ちた屋根の下敷きになり…いざなは羽生田によって助け出されます。

 

 

いざなが愛した海道凪は亡くなり、自ら命を絶とうとしたいざなは助かった。
『殺してくれ』といざなは羽生田に頼みますが、羽生田にそれが出来るはずもなく。

 

そこから、いざなと羽生田の関係は変わります。
いざなに許されることはないと感じながらも、離れまいと従う羽生田。
やがて凪の面影を求めて、いざなは海道与と結婚し、そして累が生まれることに。

 

 

いざなが亡き海道凪に宛てた懺悔の手紙。
そこには、凪だけでなく羽生田への懺悔も書かれていました。

 

あの日から関係が変わってしまった。
しかし、羽生田が『暁の姫』の台本を書いてきたことで、宵という役を通して見つめ返せるかもしれない。
羽生田のことも、自分自身のことも。

 

いざなが『暁の姫』の原稿を読み、醜い宵を演じたいと思ったのは、かつての自分自身に立ち戻ろうとしたからでした。

 

私たちのけじめを

いざなが凪に宛てた手紙には、累のことも触れられていました。

 

『女優になりたい』
そう幼い累はいざなに言ったことがありました。
醜い顔で舞台に立つことなど到底出来ない、ならば母と同じ道をかさねて歩む他ない。
だから口紅を託し、羽生田にも言葉を託した。

 

 

結局、いざなは自分の弱さを羽生田に見せることを怖れ、醜い素顔のまま宵を演じたいと想いを明かすことが出来ませんでした。
しかし実際には、羽生田も淵透世も海道凪も、醜いいざなを見ようとしていた。
いざなが見つめ返せなかっただけで。

 

母の手紙を読んだ累は決心します。
「私はあなたの足跡をかさねずに確かめるわ」
いざなの選ばなかった道の果てに、何が見えるのか。

 

 

累は野菊を呼び出し、ある頼み事をします。
さらに、口紅も野菊に手渡す累。
口紅を受け取るとき、野菊は母(透世)が守ろうとした累が今も望むなら、永久交換をしてもかまわないと言います。

 

少し思案した累は、「…ありがとう。けど、私はもう望まない」と返します。
もう美しい顔を奪いとることはしない。
自分が自分でいるために。

 

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(松浦だるま『累-かさね-』14巻)

 

私たちのけじめを。
累の想いの強さを感じた野菊は、「わかったわ。姉さん」と言い、口紅を受け取り去って行きます。

 

口紅がもたらす可能性を捨てた累に残ったもの。
怖れ、不安、劣等感、羞恥心。
そんな感情に支配されながらも、累はどん底から這い上がり、光の下へ出ようともがきます。

 

 

一度、本番直前で頓挫した企画『暁の姫』の初日稽古。
演出家の羽生田や五十嵐幾、スタッフが挨拶を済ませたところに遅れてやって来たのは、素顔の累でした。

 

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(松浦だるま『累-かさね-』14巻)

 

とうとう累は醜い素顔のまま、宵役として舞台に立つことになります。
しかし、自らの姿を見られることに身体が拒絶し、稽古は上手くいかず。
累本来の自信のない、オドオドとした演技になってしまいます。

 

苛立ちと歯がゆさを感じる累。
気遣う幾の言葉にも、「うるさい!」と声を荒げてしまいます。
そんな累を見て、周りの役者やスタッフも累に苛立ちと不信感を抱き、稽古の空気は最悪なものに。

 

 

自宅でも必死に練習する累は、悩み苦しみます。
美しいニナや咲朱なら、どう表情を作ればいいか、自然に表せた。
今の醜い自分が、いびつな表情筋をどう動かせばいいか。
観客の眼にはどう映るのか。

 

不安と恐怖に苦しむ累。
そこに羽生田がやって来て、鏡をよく見るよう累に言います。

 

 

鏡に映るのは『鬼女』の姿だ。
鬼女は醜さゆえ、あらかじめ全てを奪われて、蔑まれながら一人で生きてきた。
そんな鬼女は人々に対し憤り、目を吊り上げ牙をむいて、奈落の底から睨み上げるだろう。

 

累の怒りは、周りにはこう見えている。
なりふり構わない時の自分の顔を、誰しも普段見ることはない。
しかし、役者はそれを見なければならない。

 

 

羽生田は言います。
演出家である自分も見るべきだった。
死んだ虚構のいざなではなく、今を生きる生身の累のことを。

 

かさねの物語

稽古を重ね、徐々に累の演技は良くなっていきます。
それと同時に、周りの累に対する評価も変わっていき、累はようやく他の役者からも自然に話しかけられるようになります。

 

しかし、累は気付き始めます。
美しさの欠けた累の演技は、咲朱の時のような迫力もなく、観る者を瞬時に物語へと連れ去るような力をもっていない。

 

そのことに羽生田も幾も気付いていました。
累の才能は、この程度だったのか。
美しく在りたいという執念ゆえに、累はあれだけの素晴らしい演技を見せていたのでした。

 

 

時だけが無情に過ぎ、ついに本番を迎えます。
新たに書き直された『宵暁の姫』の舞台。
一度急遽中止にした舞台のため信用も予算もなく、かろうじて劇場をおさえたものの、上演期間はわずか3日間。

 

不安と恐れを抱えたまま幕が上がり、累の最後の舞台が始まります。
ふいに客席に懐かしい視線を感じた累。

 

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(松浦だるま『累-かさね-』14巻)

 

客席には雨野の姿がありました。
かつて累(ニナ)と雨野は恋人同士であり、それ以前に役者で互いに認め合い、高め合う仲でした。
動揺した累は、その後の台詞やタイミングが焦ったものになり、ひどい演技をしてしまいます。

 

悔しさと恥ずかしさに、消えてなくなりたいと感じる累。
舞台が終わり、客席から雨野が立ち上がり去っていくのを見て、累は後を追いかけます。

 

 

初めて素顔で、累は雨野と対面します。
当然、雨野は累が以前付き合っていたニナとは知らず。

 

「ニナも咲朱も、私の中にいる」
しかし、この醜い身で追いかけても、かつての彼女たちには届きようがない。

 

累の言葉に、雨野は「消えた女優など追うものではない」と言います。
それが、かつての自分であるなら尚更。

 

「もう一度観に来てくれませんか?明日でも…明後日でもいい」と、雨野に懇願する累。
しかし、雨野はどちらも仕事だと言い、「もう…観ることはない」と言い残すと累の前から去って行きます。

 

 

無様な演技しか見せられなかった。
これまで醜い顔を見下され、嘲笑われてきたが、これほどの悔しさを知らなかった。
激しい悔しさに歯を食いしばり、涙を流しながらも累は立ち上がる。

 

 

2日目の上演。
累の演技が、昨日ともこれまでとも違うと幾は感じます。
そして、上演後に役者を集めた羽生田は、明日の千秋楽にワンシーン追加すると発表します。
追加の最終場面に出るのは累一人。

 

その稽古をするため、羽生田は累に残るよう言います。
累と向き合った羽生田は、顔は似ていても、いざなと累の中身はまったく違うという話をします。

 

いざなは恋に生きたが、累は芸に生きている。
自分はもう、いざなの面影など見ていない。

 

だからお前も、咲朱やニナや淵透世(いざな)に届こうと追うのはやめろ。
追加の台本を累に渡した羽生田は、「これはお前の物語だ」と言います。

 

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(松浦だるま『累-かさね-』14巻)

 

どれだけ醜くても、無様でも滑稽でもかまわない。
それが淵累で在りさえすれば。
自分自身と向き合う羽生田の言葉に、涙を流す累。

 

 

次の日『宵暁の姫』の最終公演が開幕する。
「私は今、真実(わたし)と成るために虚構(ここ)に立つ」

 

まとめ

累の最終巻となる14巻。
最後まで読み終えると、何とも言葉で表しにくい、複雑な気持ちになります。
とても考えさせられる終わり方です。

 

すっきりとした読後ではなく、『これはどういうことだったのか』『この結末によって、それぞれの登場人物はどうなったのか』と色々な考えがわき上がってきます。
『累-かさね-』は美醜のテーマだけじゃなく、人の欲望や業、罪と報いなど、重く感情に訴える物語だと思いました。

 

 

累が3日目の最後の舞台を終えた後、本当のクライマックスを迎えます。
その最終回の結末について、色々思うところがあるので、また別の記事に感想を追記しようと思います。

 

素顔の醜い顔のまま、醜い鬼女の宵を演じることを決めた累。
これまでニナや咲朱の美しい姿で、数々の舞台をこなした経験や素晴らしい演技力から、迫力のある姿を見せるのではと想像していたんですが。

 

私の考えは甘かったです。
醜い姿を人に見られているという羞恥心や劣等感から、累本来の自信のない縮こまった演技になってしまうんですね。
何ともツラい場面…。

 

累自身もそんな演技しか出来ない自分に苛立ち、もどかしさを感じている。
そして、マスクを付けずに電車に乗ったり、稽古に出掛ける累を見ていると胸が締め付けられると同時に、頑張れと応援したくなります。

 

 

今回は累の想いの強さを感じます。
本当にもう二度と口紅を使わず、美しい顔を奪わないと決めたこと。
醜い顔のまま舞台に立ち、自分と重なる鬼女の役を演じきりたいと強く願っていること。

 

最後の舞台『宵暁の姫』は、これまでの累がこなした舞台の派手さや華やかさはなく、しかも初日は累が上手く演技が出来ず、悔しさを残したものになってしまいます。
しかし、最終公演。
追加した最後のシーンにより、累が累らしく全力で演じ終えることが出来ました。

 

 

どれだけ醜くても、無様で滑稽でも、これは累の物語。
宵の舞いは、累が体で自分自身を全力で表現していて、哀しいけれど胸が熱くなってくる…。
そして、「吾が名は宵」「それでもどうか…光を」という台詞が宵の気持ち、累の想いを表していて泣けてきます。

 

 

まだ感想が書き足りないので、最終回の考察と一緒に書こうと思います。
松浦だるま先生、お疲れさまでした。

(追記)
累-かさね-の最終回(結末)について【因果応報とアイデンティティ】